相手が緊張していると思ったら大阪のおばちゃんを思い出すといい

私は小さい頃から大阪のおばちゃんに憧れていた。
正確に言うと関西のおばちゃんという意味だが、関西にいた頃は「将来は大阪のおばちゃんみたいになりたい」と友人によく話をしていた。
なぜか?
あんなに
気さくで、
誰とでも話せて、
人情味が溢れて、
優しくて、
自分自身をネタに生きていて、
会話をすれば必ずオチで終わるし、
いつも笑っているし、
テンポよく話すし、
言いたいことはハッキリ言うし、
オモシロい、面白くないもハッキリ言うし、
だからこそ面白いと言われたら認められた感があって嬉しいし、
常に自分のキャラクターを持っているし、
外国でもどこででもあのままで生きていけるし、
、、、、、って好きなところを挙げるとキリがないが、最も尊敬するところは
自分がどう思われてもいい。
どう思われようが自分は自分である。
という確固たる自身があるところである。
大阪のおばちゃんへの愛を語り出すと止まらないが、とにかく大阪のおばちゃんが好きなのだ。
私も東京に出てきて東京に被れてしまったからエセ東京弁をしゃべる時もあるが、本来は関西LOVERSな人間である。
なんでこんな話をしているかと言うと、
緊張って相手に伝わるな。
私が関西のおばちゃんみたいだったらこんなことなかったかもしれない。
と思う出来事があったから。
今日、ゆっくり話すのは本日2回目の綺麗なお姉さんとお茶をしていた。
美しすぎて私にとっては芸能人のような遠い存在で普通に緊張をしていたのだが、相手もどうやら緊張しやすい方のよう。
お互い妙な緊張感で会話を続ける。
「緊張しやすいタイプですか?」
って聞いてみるけれど、実際はこっちが緊張している。
「そんな、気遣わないでくださいね。」
と言いながら、自分が緊張して気を遣いすぎ。
自分の緊張が相手に伝わっている!!!
前回話をした時にそう思ったので、今回はリラックスしようと思っていたのだが、やはり緊張しぃの私はまだ緊張している。
いやー、芸能人相手にどうやったら緊張しないんだろうって考えながらひとまずタメ口を提案した。相手も同じ空気を感じていたのかOKを頂いた。
ただ、ここからもハードルが。
私のタメ口と言えば基本関西弁。
東京でバリバリ関西弁を使うということに私の中でハードルがあるのだ。
それは東京に出たての頃に美容院で美容師さんと話をしていた時のこと。
「東京慣れました?」
と聞かれたので、ちょっとした笑いを取ろうかとこんな感じで返してみた。
「いやー、まだ慣れないですね。やっぱり人が多いですね。普通に道歩いてても人と肩が当たるくらい多いです。」
と。
こちらとしては「それ言いすぎでしょ!」みたいな感じでツッコんでもらうか、
「ほんと、どこででも人にぶつかるよね!ワッハッハ!」みたいな感じで乗っかってもらうことを期待していたのだが。
返ってきた言葉は、
「え?それヤバくないですか?」
ーーーーー終了。
あぁ、東京では多少のボケでは話が展開しないのか。
ここから私の東京でのボケ恐怖症が始まった。
”東京ではツッコんでくれる人はいない。”
そこで私の頭の中にはインプットされた。
だからこそ、私はツッコんでくれる人が目の前に現れると、思う存分ボケ倒してしまうところがあるのだが、そんな話は置いておいて。
はたまた、ツッコミとしては機能するのか?
相手をツッコんでいじる、というのが関西では普通であるが、それは東京では通用するのか?
昔聞いた話によると、関西では当たり前の”いじり”の文化が東京では無いらしい。
”いじり”ではなく”いじめ”という現象になってしまうようなのだ。
”いじめ”なんて物騒な話になるのは御免だ。
いじりまではいかなくてもただただツッコむのはどうか?
近しい人はよくご存知だが、私のツッコミなり鋭いナイフである。
サクサクっと相手の心臓を突き刺してしまう。
その言葉に傷つく人は数知れず、、、。
そんなナイフを会って間も無い芸能人相手に使うわけにもいかない。
と、いうことを思いながら、タメ口にしたところでバリバリの関西弁を封印しながら話をする。
タメ口になったところで多少の緊張感は解消されたものの、やはり本来の関西弁を出さないように気をつけていることがまだまだ私の緊張感を誘う。
やはり、自分自身が気を遣っているのか相手も気を遣っているようだ。
そうこうしているうちに解散することに。
帰り際には少し自然な笑顔が見れたので安心したが、きっと私も少し自然になっていたのだろう。
いやー、
だいぶ東京の人に素を出せるようになってきたと思っていたが、まだいきなりは難しいのかもしれない。
ただ、どうにもこうにも、相手が緊張している時は自分の緊張が伝わっているときなのだ。
この関係を変えるには自分がリラックスするしかない。
私が目指している大阪のおばちゃんであればどうだっただろう。
きっととりあえず自分のネタを話して1笑いとって、たとえ滑ったとしてもノリツッコミをして、ツッコミがきつくても自分で笑い飛ばして場を和ませるだろう。
そのおばちゃんは緊張しているか?
答えはNO.
おばちゃんなりに多少気は遣うが、緊張は皆無。
その雰囲気が相手に伝わり、相手も和む。
なぜ、おばちゃんはそんなことができるのだろう。
それは、冒頭でも言ったが、
自分がどう思われてもいい。
どう思われようが自分は自分である。
という確固たる自身がそこにはあるからだ。
だから、どこへ行っても変わらない。
私が気にしている、
滑ったら嫌だ、とか、
ツッコミが鋭いと嫌われるんじゃないか、とか、
会話のテンポが合わなければ気まずいんじゃないか、とか、
いや、実際はどれも嫌なんだけれども、
大阪のおばちゃんたちは
そんなこと気にしない!!
いや、気にしているけれど、気にしていてもしょうがないと思っている!
本当に尊敬するわ!
私も大阪のおばちゃんになったら、緊張しないで人に接することができるかもしれない。
いや、できる気がする。
というか憧れているということは、私自身そうしたいはず。
うん。ちょっと修行してきます。
と、いうか、
明日から実家の関西へ帰省するので関西人へ戻ってきます。
次回、その芸能人(と私が勝手に言っているだけだが一般の方)のお姉さんに会うのは帰省から戻ってきた直後なので、大阪のおばちゃんマインドを背に、緊張せずに気さくに話せることを祈って。
そうすれば、お互い緊張せずに会話ができるだろうか。
これを期に、東京の人相手でも関西人であり続けるように練習してみようか。
もし、相手が緊張していると思った人はそれは自分自身が緊張しているから。
それは、「相手にどう思われるか気にしている」から。
そんなの気にしなくていい。
そんな時は大阪のおばちゃんを思い出して、
自分がどう思われてもいい。
どう思われようが自分は自分である。
という心意気でいけば、自分自身も緊張しないし、相手の緊張も和らぐ。
自分が緊張→相手が緊張
自分が大阪のおばちゃんになる→自分緊張解れる→相手緊張解れる
緊張して強ぶってしまう人は優しい自分を思い出せばいい。
強くなくても相手はバカにしないから。
いつも人を笑わせるのに、緊張して固まってしまう人は思い切ってギャグを言えばいい。
一生懸命滑ったらネタになるから。
私みたいに方言を出してテンポよく話している時が自然であれば、相手がどんな人でもそうすればいい。
方言は東京ではウケがいいらしいよ。
本当はあまり話さないのに緊張してペラペラ話してしまう人は、一回深呼吸して黙って人の話を聴いてみるといい。
話さなくても気持ちは相手に伝わるから。
本来の自分を出していく。
そして、やっぱり大阪のおばちゃんマインド。
自分がどう思われてもいい。
どう思われようが自分は自分である。
って思っていれば、きっと大丈夫。
大事だから何回も言っている。
というか自分に言い聞かせている笑
そうやって自分の緊張が解ければ、相手の緊張も解けるはず。
私の後日談はまた今度に。